memorandum

進捗報告&備忘録

『精霊たちの家』

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読了後に拗らせて期末期間に描いた(本来描いている場合ではなかった)ファンアート。キャラデザは独断と偏見。
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すごく印象的だった。幼少のアルバが誕生日に見も知らない血縁セクハラを受けて、私修道女になる!と叔父に泣きつくシーン。

イサベル・アジェンデの『精霊たちの家(La casa de los espíritus)』を読んだのは、高校時代。絵は当時描いたものだから古い(フォルダを漁っていたら出てきたので供養)。一枚目は思い入れのある絵なので今でも気に入っている。

課題本として原文(スペイン語)で読んだわけだけれど、今思えば、とても良い体験をしたなぁ、と。原文で読める機会なんてなかなかない。
再読してより理解を深めたいので、今度邦訳本を買おうと思う。こうして積読が捗ってしまうんだ。

20世紀チリを舞台とした、親子3世代の愛と憎しみと赦しのお話。
主人公は一見成り上がりのエステバン・トゥルエバ…に思えるけれど、実は、三世代の女性たちだと思っている。
マチズモ(≒男性至上主義)の社会の中で、弱い立場に置かれながらも、自分なりにしたたかに生きる女性たち。
レズビアンのキャラクターもごくごく自然に出てきて、出版当時としては時代の先を行っていたと思う、個人的に。嬉しい。

チリはメキシコ同様、70年代に激動の時代を迎える。
時代に翻弄されながら、田舎と都市の両方を取り上げ、家族の絆や愛に満ち溢れた(もちろん綺麗な側面だけではない)トゥルエバ一家を描いたのがこの小説。

『精霊たちの家』は、よくガルシア・マルケスの『百年の孤独』と引き合いに出されて、「二番煎じ」だの「劣る」だの言われているけれど、私は『精霊たちの家』が好き。
百年の孤独』が6?7?世代の「孤独」の話なのに対して、『精霊たちの家』は「愛」の話なのだと思う。どちらも違ってどちらも良い。
セットで読むと、違いが楽しめる。
どうして違うのか、同じラテンアメリカを舞台とした世代モノなのに、円環的叙述を用いた魔術的リアリズムなのに、似通ったテーマなのにどうして全く異なる「答え」「結末」に辿り着いたのか。
思考を巡らせてみるのは楽しい。

久しぶりにガッツリ文学に触れたい。
歴史はもちろん好きだけれど、自分はどちらかというと、ひょっとしたら実は文学の方が好きなのかもしれない。読解力が低いのがネックなのだけども。

誰かラテンアメリカ文学好きの人『精霊たちの家』をコミカライズしてくれ〜頼むから〜〜! まぁ日本で魔術的リアリズムは受けにくいとは思うんだけど……。
映画も映画で良い作品だったけれど、尺の都合で2世代短縮版だから物足りないんだよぉ〜!

というわけで下に文庫本上下巻と映画のリンクを貼っておく(ダイマ

精霊たちの家 上 (河出文庫)

精霊たちの家 上 (河出文庫)

精霊たちの家 下 (河出文庫)

精霊たちの家 下 (河出文庫)

愛と精霊の家

愛と精霊の家

  • 発売日: 2015/12/14
  • メディア: Prime Video

COMITIA131行ってきた

今回、行こうと思っていたサークルは指で数えるくらいで、あとはぶらぶら散策。
主に歴史創作、写真、アクセサリー系を回ってみた。
ちょっと睡眠の調子がよろしくなくて、普段の限界オタクっぷりに拍車がかかっていて、やけに饒舌だったと思う。酔っ払いみたいだった、お酒飲んだことないけども。

少しだけボランティアの手伝いをしていて、そこで文芸系同人のお姉さんと雑談をした。
「たぶん余る差し入れだから」と言って、めぐリズムを私にくれて、同人歴的にもボランティア歴的にもずっとずっと大人の方で、カッコいいなぁ…て思った。きっとたくさんの苦労があったのだろうな、と勝手に考えていた。

着けよう着けよう、と思いながら普段アクセサリーを着ける習慣がないから結局着けていなくて、でも折角久しぶりのイベントなので、前にコミティアで買ったイヤーカフを着けて行った。
…ら、それを作ったサークルさんが出展していて、「これ!今着けてるやつです!」なんて、少し会話を弾ませてしまった。
イヤリングやネックレスはゆらゆらして気になっちゃうんだよな…イヤーカフは意外と落ちないし、あまり気にならない。

あとは、手作りの箔押し作品、レトロモダンな布作品、メガネモチーフの作品、モノクロの写真集…色々とその場で「素敵だなぁ」と思った作品を「素敵だなぁ」って口ずさみながら買ったり。
お喋りさんで普段から独り言が多いのもあるけれど、語彙力お葬式で申し訳なさ半分、自分が素敵だと思ったものは素敵だと口にするようにはしている。言い聞かせている訳ではなくて、その方が人生楽しいから。
自分に向けた独り言だとしてもF***とか言っていると自分が腐って行く感じするじゃんか……それの逆で、綺麗な言葉だとなんだか穏やかになれるんだよな……。言霊…たぶんそういう感じの何か。
純粋に、人の創作作品を見るのが、自分の中にないたくさんの素敵なモノを見るのが好きなんだと思う。世界が広がる気がする。

あと印刷所の方に本文用紙について、色々と聞いてみてすごく勉強になった。本を作りたい。やーねー、おじいちゃん先月入稿したばっかりでしょ。はい。

なんというか、漠然と「かっこいい大人になりたいなぁ」と思った一日だった。
様々な出会いに感謝……。精進するしかない……。

これから三枚下ろしになる私だけれど、コミティアに遊びに行くくらいは許されたいな……許す。本屋以外にそれくらいしかお金使う場所ないしな…。適宜生き抜くことにする。

盲人の瞳

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今は実家の物置に仕舞われている高校時代の油絵。最初で最後の油絵。途中で絵の具が足りなくて焦った覚えがある。
「テーマは何でもいいから、とにかく好きなのを描きなさい」と美術の教師に言われ、その言葉の通り自分が表現したいものを描いた。
出来はともかく、今でも気に入っているし、思い入れのある絵。

私は当時、『盲人の瞳』というタイトルで、復讐鬼の英文小説を書いていた。
WWII後の東ドイツと70年代のラテンアメリカを足して2で割ったような架空の国を舞台に、とある青年が、自分の人生を狂わせた人間を、一人一人、殺していく過程で、怨嗟に塗れた断片的な過去を回顧しながら、やがて国家に喧嘩を売る話。
クライマックス差し掛かったところで詰まって放置してしまったけれど。誰にも見せない、自分のための秘密の小説だった。いわゆる厨二病小説というやつ。
映画『V for Vendetta』や『アルジェの戦い』、アーサー・ケストラー著『真昼の暗闇』…その辺の影響を受けていたと思う。
この絵は、その主人公のポートレイト。

その他に、美術の時間では、明治時代の女学生のペン画、三日月の上で読書する労働者の色鉛筆画、血反吐を撒き散らす青年の水彩画、白い虚無の影を見つめる少年の水彩画、幾重にも重なった手錠に繋がれた両手のアクリル画、なんかを描いたりしていた。

今考えてみれば割りかし酷いラインナップにも関わらず、先生は私の絵を褒めてくれた。「君の絵は醜い」と言われながら過ごした幼少期と少年期であったから、素直に嬉しかった。

美大には行かないの?」と聞かれたけれど、私は首を横に振った。美大に行くには、話にならないほどの画力だったから。

期末に差し掛かると、先生は、私に「画材は教室のものを使って良いから、私のために絵を描いて」と依頼をした。私でいいのか?と思ったけれど、結局引き受けることにした。
頭をひねりにひねった結果、明治時代の邏卒のペン画を描いて贈ることにした。先生は、笑顔で受け取り、「依頼料」を渡してくれた。何ペソだったかは忘れたけれど(緑のお札だった記憶があるから、たぶん200ペソだったと思う)初めて自分が描いた絵でお金を頂いた。
いただいたあのお札を結局どうしたのか、覚えていない。もうだいぶ昔の事で、記憶に穴がある。

卒業の日、先生に別れの挨拶をしに行った。
「あなたは絵を描くのを辞めてはだめよ。続けなさい」
そう言ってくれた。

久しぶりに思い出した。先生は元気にしているだろうか。
もうきっと会えないだろうな。
今では私は漫画狂いですよ先生。

もちろん、人生美しい思い出ばかりではない。
けれど、たまには思い出に浸るのもいいだろう。

(c) 2017-2020 Yoe Sawashima