memorandum

進捗報告&備忘録

『何だって知ってた』解説

2019年-2020年の年末年始、同人サークル仲間の唯野くんとネーム交換の遊びをしました。
同じお題で、ネームを描き、それを交換して作画をする、というもの。

「何にしようか」と二人で相談して、お題系のshindanmaker(どれかは忘れてしまった)を回しました。

出てきたお題は「何だって知ってた」。セリフでもニュアンスでも何でもOKということにして、2ページ漫画を描くことに。

上記の作品は、私、澤島がネームを描いて、唯野くんが作画をしたものです。

ここでは澤島のネームを解説します(唯野くんからの許可は得ました)。

字ネームは下記の通りです。ここからネームを起こし、唯野くんにバトンタッチ。

何だって知ってた。
風の形も、花の悲しみも。
でも、いつの間にか、こぼれおちていってしまった。
私が、貴方を、殺してしまったその日から。

 

ノローグのみの、とても抽象的な小話になったのですが、一言で言えば、これは「ピュグマリオン・コンプレックス」の話です。

舞台は20世紀米国首都ワシントンDC、桜の季節(ワシントンDCには日本の桜があるんです)。

生涯共に過ごしてきた空想上の「伴侶(=女性)」への愛の詩を綴り続けた男。彼女の素晴らしさを広めるために、詩を出版社へ持ち込んだ男は、運良く華々しいデビューを遂げます。

そして、その後「売れっ子詩人」として彼女についての詩を書き続け、出版し続けるうちに、「純愛」の詩は、いつの間にか20世紀米国という「大量生産、大量消費」の波に溺れてしまった。本来、芸術であり自己表現であるはずの「詩」は、単なる「消費」へと変容した。

だから「貴方を、殺してしまった」。

20世紀初頭の資本主義社会米国における出版業界の「大量生産、大量消費」という波に、身を任せているうちに、芸術は消え、陳腐化し、詩人の男は、大切に心から愛してきた彼女を「消費」の対象へと変えてしまった。

その罪に気付いてしまった。

そういうお話でした。



唯野くんがネームを描き、私が作画をしたのがこれ↓

唯野くんが、セルフ作画をしたのがこちら↓

唯野くんは漫画がうまい……。本当にうまいな……。画面の隅々までにメキシコ愛がある……。コマ割りもうまいし、遊び心があるし、本当にうまいな…………。

同じセリフでも、まったく違うお話ができるので、ネーム交換は楽しいし、良い経験になりました。

おわり🌱

『星海の塔』設定画描きなおし

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ダワムおじさんまでラフが終わった

1968原稿終了後に星海を再開させるにあたって、やりやすい方法で作画しようと思い、キャラクターデザイン&白黒トーン指定を再調整・微調整しています。まぁダワムとマナハに関してはそもそもシンプルなので殆ど変えなくていいんですけども…。
手元にある設定画が、2018年のもの(⁉︎)で、今とは全く違う描き方なんだ……。
旧設定画はサイトに置いてあります。
カラーリングは変えず、ディテールと使うトーンの種類を少しだけ減らす。

星海は、全4-5話構成、各話20ページ未満の短い中編を予定。だいたい100ページくらい? 半年~1年かけて描く感じになるかと…。
第1話、第2話のネームは終わっていて、しかしながら行き当たりばったり漫画なので、ちょっとだけプロットを改めてから(主に後半)先に進もうと思っている。
全部描き終わったら愛蔵版的な再録本を作るんだ…特殊紙箔押しの……。

ソロモンの箱』は舞台が現代ラテンアメリカなのですが、それを描く前に、星海の不可思議なサイエンス・ファンタジー世界を楽しみたい。

という訳で、原稿と並行してのんびり進めようと思う。
まずは設定画を終わらせような…。

トリビア
蝶門の右京左京兄弟の眼鏡、ダワムの眼鏡がモデルなので、すごく似ている。
実は二人の眼鏡、リムが若干違うんですよ。割とどうでもいいこだわり。

『1968』ペン入れ(2)

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☆笑顔の青年たちを待ち受ける未来とは――

重い腰を上げて再開しました! やったー!
創作企画ブートキャンプで培った原稿力で駆け抜けてみせますよ、この怒涛の38ページを…10月までに………。早割マンの称号を維持したい。

先日、オフのスケジュールと照らし合わせてみたら、9月ティアは難しそうですが、11月ティアならなんとか参加できそうです。

私がこの物語で焦点を当てたいのは「兄弟」なのですが、物語の舞台の性質上(60年代の学生運動)、前2作よりも若干政治色が濃いです。なので、苦手な方はご注意を。
2018年から、1年に1巻ずつ頒布して…という単純なスケジュールだったはずなのに、不運にも第三巻の頒布が五輪の年と被ってしまったのは、完全に事故で偶然の産物です。見苦しい言い訳にしかなってない自覚はありますね…。

しかし、この「トラテロルコ事件」は、メキシコの一つの「転換」でもあり、「今」のメキシコにも少しだけ通ずるところがあるので、丁重に描写したいとは思っています。弱小創作同人漫画描きとはいえ、扱う題材の性質上、責任は重い、と思っている。補足ページはいつも通り見開きで、学術資料を参考にしながら、しっかりと確保するつもり。


メキシコにおいて、広場は、市民の憩いの場でもあり同時に観光地でもある。
観光地であるはずの三文化広場を訪れた時に感じた、あの静けさが忘れられない。私はその頃、広場の歴史を知らなかった。でも、人がいなく、やけに静かだったことだけは覚えている。
数年後、その意味を理解した訳だけれど。

そういう意味でも、しっかりと丁重に、気を付けて描き上げていきたい。

(c) 2017-2020 Yoe Sawashima